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布引観音(釈尊寺)

当館からの距離 車で約15分、その後徒歩約20分

釈尊寺(しゃくそんじ)は、長野県小諸市にある天台宗の寺院。山号は布引山。布引観音とも呼ばれる。 信濃三十三観音霊場の第29番札所。「牛に引かれて善光寺参り」伝説発祥の地。本尊は聖観世音菩薩。

逸話

観音堂へ登る山道の途中に洞窟がある。この洞窟は長野市の善光寺と繋がっているとされ、善光寺で火災があった際にこの洞窟からも煙が出たと言い伝えられている。
このあたりに、信心のない老婆が、布をさらしていると、牛がやってきてその布を角にかけて走り去った。老婆は牛を追いかけ、ついに長野の善光寺に至り、厚く信仰したので「布引」の地名が残る。また、思ってもいなかったことや他人の誘いによって、よいほうに導かれることのたとえを牛にひかれて善光寺参りというようになった。ところでこの老婆は帰宅し、その家族12人みな善男善女となった。釈尊寺の近くに12の祠があり、「十二権現」と呼ばれるが、その家族12人を祀っている。さて、老婆は心置きなく世を去って、乳母の姿の石になったので、その石を「乳母石」という。また付近の川原を「十二河原」と呼び、「大子原」という地名もある。なお布を引いた牛は布引観音の仮の姿で、角にかけた布は風に吹かれ、釈尊寺近くの岩にかかったので、今も岩に白斑がある。また布引の下にある集落を「布下」と呼ぶ。なお、「乳母石」の頭部と胸部を権助という男が破壊したところ、権助は死に、家も絶えてしまった。また、布下集落に「牛池」がある。角に布をかけて善光寺へ走る牛がここで水を飲んだという伝説が残っている。
釈尊寺の内陣に三体の木造がある。本来は四体の四天王だった。この四体を川に入れれば干ばつ時に降雨があるとされていた。ある時、村人が四体を川に入れ祈っていたら豪雨となり、一体が流されてしまった。
布引の「通らずの沢」に大蛇がいて、人畜を害した。布引観世音はこれを憂い、岩穴に封じこめた。その穴を蛇骨穴(だこつあな)と呼ぶ。
釈尊寺に聖徳太子廟がある。廟の台座にいつも清水がある。この水で洗眼すれば眼病が完治すると言われ、それを「霊眼水」と呼ぶ。

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